日系企業の有望展開先、フィリピン3年連続7位に
課題は治安、法運用の透明性、インフラ等:JBIC調査
2021/12/26
国際協力銀行(JBIC)は、2021年の日本製造業企業の海外事業展開の動向に関するアンケート調査を実施し、12月24日に結果を発表した。今回の調査は、2021年7月に調査票を発送し、10月にかけて回収したものである(対象企業数965社、有効回答数515社、有効回答率53.4%)。
この調査は、海外事業に実績のある日本の製造業企業の海外事業展開の現況や課題、今後の展望を把握する目的で1989年から実施しており、今回で33回目となる。2021年調査では、「事業実績評価」、「中期的な事業展開姿勢」、「中期的な有望事業展開先国・地域」などの定例テーマに加え、個別テーマとして「サプライチェーンの中期的な見通し」、「DXに向けた取り組み」、「脱炭素に向けた取り組み」などについて調査を実施した。概要は下記のとおり。なお詳細は、JBICホームページに掲載されている(https://www.jbic.go.jp/ja/information/press/press-2021/1224-015678.html)。
1.日本の製造業は新型コロナに続く物流のひっ迫・半導体不足などに翻弄、影響は長期化の様相
繰り返される新型コロナの感染拡大・収束の波、半導体不足や物流の逼迫など不透明要因を複数抱える中、2020年度の海外生産比率はほぼ横ばいの33%台、中期的な見通しは35%と低く、新型コロナ前の水準への回復は先送りとなっている。今後の事業展開についても現状維持とせざるをえない模様である。
2.有望国ランキングでは中国が首位を維持、米国がほぼ20年ぶりに3位に浮上、比は3年連続で7位に
今後3年程度の中期的有望な事業展開先国については、中国が連続首位。調査実施時点で新型コロナの感染拡大の影響が深刻化していたインドやASEAN各国が軒並み得票率を落とす中、米国が幅広い業種からの支持を受けて3位に浮上、台湾もほぼ10年ぶりに上位10カ国にランクインした。フィリピンは3年連続で7位となり、10年程度の長期的有望な展開先国では2年連続で9位となった。
3.サプライチェーンを巡るリスクは「物流の途絶」が最大、半導体不足は全業種へ影響
サプライチェーンの外的リスクについては「物流の途絶」が最多となった。複雑で長い調達網を抱える企業にとって物流の安定的な維持が最重要課題であることが示された。半導体不足の影響は全業種にマイナスの影響をもたらしつつも、わずかではあるが半導体製造関連を中心に幅広い業種からプラスの影響との回答も寄せられた。米中デカップリングについては、昨年度に続き両国のバランスをとる姿勢が示唆されている。
4.約半数の企業がDXに取り組み中、先進的企業は海外に連携の幅を拡げている
デジタルトランスフォーメーション(DX)については、導入を進める先進的企業と未着手企業が半数ずつで、DXを後退させる企業は皆無。DX導入の先行分野は、製造装置・ロボットの遠隔操作、3Dプリンター、研究開発における仮想空間の活用など製造や開発部門に多い。また先進的企業ほど、DXを進める際に社外との連携を模索する姿勢が強い傾向が示されている。
5.大多数の企業が脱炭素の事業活動への影響を認識、サプライチェーンにおける排出源の特定・計測に取り組む
約8割の企業が脱炭素の事業への影響を見込んでいる。ただし影響の中身は、製造コストの上昇などマイナス面だけでなく、新製品の開発や自社製品の需要拡大などプラス面への期待も同じ程度含まれている。多くの企業が自社工場だけでなくサプライチェーン上の排出源も重要視。製造業は調達から納品に至るプロセスを詳細に把握、そのデータ活用で排出源の特定・計測という課題に取り組んでいる姿勢が伺えた。
<フィリピンに対する評価など>
フィリピンは中期的有望事業展開先として、2001年にベストテン入りを逃して以来、2008年まで順位の下落傾向が続いた。特に、2008年は、21位とベスト20からも転落した。その後、再上昇基調となり、2013年と2014年は連続11位、2015年は8位に上昇、15年ぶりのベスト10入りとなり、2018年まで4年連続で8位が続いた。そして、2019年はメキシコを抜き7位に浮上、2020年、2021年と3年連続で7位となった。ただし、2021年の得票率は9.0%で、2020年の10.4%から低下、8年ぶりの10%台割れとなるなど、他のASEAN各国と同様得票率が低下した。そして、4位のベトナム(30.4%)、5位のタイ(22.3%)、6位のインドネシア(19.4%)という他のASEAN主要国に水を開けられている。ちなみに、フィリピンは2001年度以前は1997年が7位、1998年が6位、1999年が7位、2000年10位と推移していた。得票率過去最高は1995年の15.4%、過去最低は2008年の1.5%であった。
2021年調査におけるフィリピンの中期的有望の理由としては、「現地市場の今後の成長性」(比率46.7%)、「現地市場の現状規模」(46.7%)がトップに並んだ。「現地市場の今後の成長性」の得票比率は2020年の54.3%からは大幅低下した。次いで、「安価な労働力」(40.4%)、「対日輸出拠点として」(23.3%)などが挙げられた。一方、課題としては、1位が「治安・社会情勢が不安」(46.4%)で他のASEAN諸国と比較して高い比率である。2位が「法制の運用が不透明」(35.7%)、次いで、「インフラ未整備」(28.6%)、「税制の運用が不透明」(25.0%)などが指摘された。輸出型企業が恩恵を受けてきた税制優遇措置の縮小を含む「企業復興税優遇法」が下院で可決された2019年以降は、「税制の運用が不透明」の比率が上昇傾向にある。
2016年をピークにフィリピン市場の成長性への期待が右肩下がりとなり、また同時期から治安・社会情勢への懸念が高まっている。一方、直接投資の実額は堅調に推移しており、また、安価で豊富な労働力や優秀な人材を評価する声も根強いことから、フィリピンはイメージ改善にむけた一層の努力が期待される。
長期的(10年程度)有望事業展開先に関しても、フィリピンに対する最近の評価は上昇基調となっている。速報資料では総合10位までの順位が明示されているが、近年ではフィリピンは2015年までランク外であった。しかし、2016年は10位にランクイン、2018年まで10位が続いてきた。そして、2019年は8位(得票率11.8%)へと上昇した。2020年は9位(9.5%)、2021年も9位(7.0%)とベスト10入りが続いている。
ただし、中期的有望事業展開先と同様に、4位のベトナム(29.2%)、5位のインドネシア(23.5%)、6位のタイ(18.9%)とは大きな差が付いている。また、軍事クーデターで大きく揺れている8位のミャンマー(8.6%)の後塵を拝している。ミャンマーに関しては「軍事クーデターは一時的なものであり地理的優位性や市場の価値を失わせるものではない」との声もあり、フィリピンを上回った。
なお本年度調査では、ビックデータを用いたテキストマイニングによる分析も同時に試行している。世界各国のニュース記事(最大4千万件)を対象にアンケート調査と同じ切り口で解析を行っている。JBICは、今回の調査結果を踏まえ、国際的な競争に直面している日本企業の海外事業展開支援及び各国・地域の投資環境改善に向けた現地政府当局や関係機関との対話などを引き続き行っていく方針である。
日本製造業企業の中期的有望事業展開先国・地域の推移(1企業5カ国までの複数回答:JBIC調査)
(出所:JBIC発表資料より作成)
日本製造業企業の長期的有望事業展開先国・地域の推移(1企業5カ国までの複数回答:JBIC調査)
(出所:JBIC発表資料より作成)
この調査は、海外事業に実績のある日本の製造業企業の海外事業展開の現況や課題、今後の展望を把握する目的で1989年から実施しており、今回で33回目となる。2021年調査では、「事業実績評価」、「中期的な事業展開姿勢」、「中期的な有望事業展開先国・地域」などの定例テーマに加え、個別テーマとして「サプライチェーンの中期的な見通し」、「DXに向けた取り組み」、「脱炭素に向けた取り組み」などについて調査を実施した。概要は下記のとおり。なお詳細は、JBICホームページに掲載されている(https://www.jbic.go.jp/ja/information/press/press-2021/1224-015678.html)。
1.日本の製造業は新型コロナに続く物流のひっ迫・半導体不足などに翻弄、影響は長期化の様相
繰り返される新型コロナの感染拡大・収束の波、半導体不足や物流の逼迫など不透明要因を複数抱える中、2020年度の海外生産比率はほぼ横ばいの33%台、中期的な見通しは35%と低く、新型コロナ前の水準への回復は先送りとなっている。今後の事業展開についても現状維持とせざるをえない模様である。
2.有望国ランキングでは中国が首位を維持、米国がほぼ20年ぶりに3位に浮上、比は3年連続で7位に
今後3年程度の中期的有望な事業展開先国については、中国が連続首位。調査実施時点で新型コロナの感染拡大の影響が深刻化していたインドやASEAN各国が軒並み得票率を落とす中、米国が幅広い業種からの支持を受けて3位に浮上、台湾もほぼ10年ぶりに上位10カ国にランクインした。フィリピンは3年連続で7位となり、10年程度の長期的有望な展開先国では2年連続で9位となった。
3.サプライチェーンを巡るリスクは「物流の途絶」が最大、半導体不足は全業種へ影響
サプライチェーンの外的リスクについては「物流の途絶」が最多となった。複雑で長い調達網を抱える企業にとって物流の安定的な維持が最重要課題であることが示された。半導体不足の影響は全業種にマイナスの影響をもたらしつつも、わずかではあるが半導体製造関連を中心に幅広い業種からプラスの影響との回答も寄せられた。米中デカップリングについては、昨年度に続き両国のバランスをとる姿勢が示唆されている。
4.約半数の企業がDXに取り組み中、先進的企業は海外に連携の幅を拡げている
デジタルトランスフォーメーション(DX)については、導入を進める先進的企業と未着手企業が半数ずつで、DXを後退させる企業は皆無。DX導入の先行分野は、製造装置・ロボットの遠隔操作、3Dプリンター、研究開発における仮想空間の活用など製造や開発部門に多い。また先進的企業ほど、DXを進める際に社外との連携を模索する姿勢が強い傾向が示されている。
5.大多数の企業が脱炭素の事業活動への影響を認識、サプライチェーンにおける排出源の特定・計測に取り組む
約8割の企業が脱炭素の事業への影響を見込んでいる。ただし影響の中身は、製造コストの上昇などマイナス面だけでなく、新製品の開発や自社製品の需要拡大などプラス面への期待も同じ程度含まれている。多くの企業が自社工場だけでなくサプライチェーン上の排出源も重要視。製造業は調達から納品に至るプロセスを詳細に把握、そのデータ活用で排出源の特定・計測という課題に取り組んでいる姿勢が伺えた。
<フィリピンに対する評価など>
フィリピンは中期的有望事業展開先として、2001年にベストテン入りを逃して以来、2008年まで順位の下落傾向が続いた。特に、2008年は、21位とベスト20からも転落した。その後、再上昇基調となり、2013年と2014年は連続11位、2015年は8位に上昇、15年ぶりのベスト10入りとなり、2018年まで4年連続で8位が続いた。そして、2019年はメキシコを抜き7位に浮上、2020年、2021年と3年連続で7位となった。ただし、2021年の得票率は9.0%で、2020年の10.4%から低下、8年ぶりの10%台割れとなるなど、他のASEAN各国と同様得票率が低下した。そして、4位のベトナム(30.4%)、5位のタイ(22.3%)、6位のインドネシア(19.4%)という他のASEAN主要国に水を開けられている。ちなみに、フィリピンは2001年度以前は1997年が7位、1998年が6位、1999年が7位、2000年10位と推移していた。得票率過去最高は1995年の15.4%、過去最低は2008年の1.5%であった。
2021年調査におけるフィリピンの中期的有望の理由としては、「現地市場の今後の成長性」(比率46.7%)、「現地市場の現状規模」(46.7%)がトップに並んだ。「現地市場の今後の成長性」の得票比率は2020年の54.3%からは大幅低下した。次いで、「安価な労働力」(40.4%)、「対日輸出拠点として」(23.3%)などが挙げられた。一方、課題としては、1位が「治安・社会情勢が不安」(46.4%)で他のASEAN諸国と比較して高い比率である。2位が「法制の運用が不透明」(35.7%)、次いで、「インフラ未整備」(28.6%)、「税制の運用が不透明」(25.0%)などが指摘された。輸出型企業が恩恵を受けてきた税制優遇措置の縮小を含む「企業復興税優遇法」が下院で可決された2019年以降は、「税制の運用が不透明」の比率が上昇傾向にある。
2016年をピークにフィリピン市場の成長性への期待が右肩下がりとなり、また同時期から治安・社会情勢への懸念が高まっている。一方、直接投資の実額は堅調に推移しており、また、安価で豊富な労働力や優秀な人材を評価する声も根強いことから、フィリピンはイメージ改善にむけた一層の努力が期待される。
長期的(10年程度)有望事業展開先に関しても、フィリピンに対する最近の評価は上昇基調となっている。速報資料では総合10位までの順位が明示されているが、近年ではフィリピンは2015年までランク外であった。しかし、2016年は10位にランクイン、2018年まで10位が続いてきた。そして、2019年は8位(得票率11.8%)へと上昇した。2020年は9位(9.5%)、2021年も9位(7.0%)とベスト10入りが続いている。
ただし、中期的有望事業展開先と同様に、4位のベトナム(29.2%)、5位のインドネシア(23.5%)、6位のタイ(18.9%)とは大きな差が付いている。また、軍事クーデターで大きく揺れている8位のミャンマー(8.6%)の後塵を拝している。ミャンマーに関しては「軍事クーデターは一時的なものであり地理的優位性や市場の価値を失わせるものではない」との声もあり、フィリピンを上回った。
なお本年度調査では、ビックデータを用いたテキストマイニングによる分析も同時に試行している。世界各国のニュース記事(最大4千万件)を対象にアンケート調査と同じ切り口で解析を行っている。JBICは、今回の調査結果を踏まえ、国際的な競争に直面している日本企業の海外事業展開支援及び各国・地域の投資環境改善に向けた現地政府当局や関係機関との対話などを引き続き行っていく方針である。
日本製造業企業の中期的有望事業展開先国・地域の推移(1企業5カ国までの複数回答:JBIC調査)
中期的(今後3年程度) | |||||
調査年度 | 2017年 | 2018年 | 2019年 | 2020年 | 2021年 |
回答社数 | 444社 | 431社 | 404社 | 356社 | 345社 |
1位 | 中国(203社) | 中国(225社) | インド(193社) | 中国(168社) | 中国(162社) |
2位 | インド(195社) | インド(199社) | 中国(180社) | インド(163社) | インド(131社) |
3位 | ベトナム(169社) | タイ(160社) | ベトナム(147社) | ベトナム(131社) | 米国(113社) |
4位 | タイ(153社) | ベトナム(146社) | タイ(133社) | タイ(111社) | ベトナム(105社) |
5位 | インドネシア(147社) | インドネシア(131社) | インドネシア(102社) | 米国(98社) | タイ(77社) |
6位 | 米国(116社) | 米国(124社) | 米国(93社) | インドネシア(96社) | インドネシア(67社) |
7位 | メキシコ(81社) | メキシコ(59社) | フィリピン(48社) | フィリピン(37社) | フィリピン(31社) |
8位 | フィリピン(47社) | フィリピン(43社) | メキシコ(47社) | マレーシア(34社) | メキシコ(30社) |
9位 | ミャンマー(40社) | ミャンマー(37社) | ミャンマー(41社) マレーシア(41社) |
メキシコ(32社) | マレーシア(27社) |
10位 | ブラジル/韓国(28社) | マレーシア(36社) | ミャンマー(25社) | 台湾(19社) | |
比得票率・順位 | 10.6%(8位) | 10.0%(8位) | 11.9%(7位) | 10.4%(7位) | 9.0%(7位) |
日本製造業企業の長期的有望事業展開先国・地域の推移(1企業5カ国までの複数回答:JBIC調査)
長期的(今後10年程度) | |||||
調査年度 | 2017年 | 2018年 | 2019年 | 2020年 | 2021年 |
回答社数 | 337社 | 350社 | 296社 | 264社 | 243社 |
1位 | インド(214社) | インド(205社) | インド(155社) | インド(140社) | インド(120社) |
2位 | 中国(146社) | 中国(164社) | 中国(119社) | 中国(116社) | 中国(99社) |
3位 | ベトナム(115社) | インドネシア(115社) ベトナム(115社) |
ベトナム(103社) | ベトナム(82社) | 米国(71社) |
4位 | インドネシア(109社) | インドネシア(84社) | 米国(73社) | ベトナム(69社) | |
5位 | タイ(80社) | タイ(105社) | タイ(73社) | インドネシア(71社) | インドネシア(57社) |
6位 | 米国(78社) | 米国(76社) | 米国(62社) | タイ(61社) | タイ(46社) |
7位 | ミャンマー(48社) | ミャンマー(41社) メキシコ(41社) ブラジル(41社) |
ミャンマー(39社) | メキシコ(30社) | ブラジル(22社) |
8位 | メキシコ(45社) | フィリピン(35社) メキシコ(35社) |
ミャンマー(26社) | ミャンマー(21社) | |
9位 | ブラジル(43社) | フィリピン(25社) | フィリピン(17社) メキシコ(17社) |
||
10位 | フィリピン(33社) | フィリピン(30社) | マレーシア(25社) | ブラジル(22社) | |
比得票率・順位 | 9.8%(10位) | 8.6%(10位) | 11.8%(8位) | 9.5%(9位) | 7.0%(9位) |